入江・高砂貝塚館の概要

 

入江・高砂貝塚館は、1998(平成10)年に開館し、これまでの調査で出土した遺物を展示しています。
2021(令和3)年に体験学習室を増築し、展示もリニューアルして再オープンしました。

 

展示室エントランス

入江・高砂貝塚の特徴的な遺物を展示しています。

 

縄文人と海

縄文人が銛をかまえ獲物を狙っています。

 

竪穴建物の復元模型

入江貝塚で発見された竪穴建物跡の1/2スケールの模型。

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体験学習室・ガイダンス室

縄文時代のものづくり体験や映像などを見ることができます。

 

 

 

入江・高砂貝塚のイッピン! 

展示室エントランスでは、入江・高砂貝塚から出土した特徴のある遺物を展示しています。 

 

猪牙製装身具(入江貝塚)  

北海道には生息していないイノシシの牙でつくられた製品。
ヒトの歯型を模してつくられています。

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貝輪(入江貝塚) 

南海産のオオツタノハガイでつくられた腕輪。
道内では4点しか見つかっていない希少品。

 

 

銛頭(入江貝塚)

シカの角製で、先端は石鏃を装着できるようにU字形に加工しています。

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組合せ式釣針(入江貝塚)

シカの角の枝分かれの部分を利用して作られています。
オヒョウ用に使われたと考えられます。

 

土偶(高砂貝塚)

縄文時代晩期。墓域から出土しました。
口を丸く開け、頭部には6個の突起がつけられてます。

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くらしの道具 

    

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歯牙製装身具

入江貝塚出土。縄文人は動物の歯や牙を使ってアクセサリーを身につけていました。
これらを身につけることによって、その動物のもつ能力が自分の身に移ると考えていたのかもしれません。

 

 

環状土製品

入江貝塚出土。左側の製品には動物の頭のようなものが作り出されています。
文様から、縄文時代中期前半につくられたと考えられます。

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縄文人と海 

海での狩猟

縄文人は銛を使ってイルカやオットセイなどを盛んにとっていました。
入江貝塚では、カマイルカやネズミイルカなどのイルカ類が多く出土し、高砂貝塚ではオットセイの幼獣やメスの若獣が多く見られます。

噴火湾沿岸にある貝塚は、オットセイが多く出土していますが、入江貝塚ではイルカが多いという点が注目されます。
海獣類や魚類を含めて、入江・高砂貝塚の縄文人は一年を通して漁を行っていたことがわかっています。

 

銛をあやつる縄文人

縄文人は銛を使って海獣類や大型の魚をとっていました。
銛の先端は「銛頭」といい、獲物を逃さないよう工夫がされています。


銛頭の変せん

 


銛頭(前期~後期)


銛頭の使用例

 

 

縄文人が利用した魚 

貝塚から発見される魚の骨を、現在の魚の骨の標本と比較して、魚の種類を調べます。

多いのは、ニシン、カレイ、アイナメ、フサカサゴなどで、大型のヒラメや、体長2mを超えるようなマグロも見つかっています。
魚は釣漁のほか、網なども使用して捕獲していたようです。


ニシンの椎骨(高砂貝塚)
 


カレイ類の椎骨(高砂貝塚)

 

縄文人の釣針

貝塚からは2種類の釣針が出土しており、対象となる魚によって使い分けていたようです。

【単式釣針】
軸と針先を一つの素材からつくる  ⇒ ⇒  マグロやカツオなどの活発に泳ぐ魚

【結合式釣針】
軸と針先を別々の素材からつくって結合する  ⇒ 
⇒  大型のヒラメ・オヒョウなどの底にいる魚

釣針は主にシカの角を石器などで加工してつくられています。


釣り針のかたち

 


 単式釣針(手前)と結合式釣針(奥)

 

 

 

縄文人と森 

縄文人の狩猟

遺跡からは石鏃が多く出土することから、縄文人の狩りは弓矢が中心と考えられます。

弓矢は動きのすばやい動物を捕獲するのに最適です。また、エゾシカなどの動物には、落とし穴を使った罠猟も行われています。 


エゾシカ(入江貝塚)

  

 

73.Tpit
 落とし穴(入江貝塚)

  

遺跡の環境(花粉分析から) 

遺跡の土壌から発見された花粉から、遺跡の周辺は日当たりのよい草地であったことがわかりました。


貯蔵穴(入江貝塚)

 

また、クルミやナラ、トチノキなどの花粉も見つかっていることから、これらの実も積極的に利用していたようです。

  

遠隔地からの搬入品

本州との交流を示す遺物 

遺跡からは、北海道に生息しないイノシシの骨が見つかっています。
牙や顎、手足の骨だけが出土するため、身体の特定の部分だけが運ばれていたようですが、子供のイノシシが運ばれていた可能性もあります。


イノシシの牙で作られた製品

 

そのほか、ベンケイガイ、イモガイやオオツタノハガイでつくられた製品、ヒスイ製の玉なども見つかっていることから、縄文人が広い範囲を行き来していたことがわかります。


貝製装飾品


ヒスイ製玉(入江貝塚)

 

弔いと祀り(まつり)

本州との交流を示す遺物弱者を助けて生きる(入江貝塚9号人骨)

この縄文人は、頭や体幹の骨は通常の大人と変わりませんが、四肢骨(手足の骨)が異常に細く、手足の筋肉が長い間動かすことができなかったと考えられ、幼少期より常に介護が必要な状況だったことがうかがえました。

原因としては、ポリオ(小児マヒ)や筋ジストロフィーなどが考えられています。これまで女性と考えられてきましたが、近年、DNAの分析によって男性であることがわかりました。

日常生活に支障をきたす障がいを抱えたヒトも、寿命が尽きるまで少なくとも十数年間を過ごしていたことから、周囲の手厚い介護が行われていたことがわかり、助け合って生きる縄文人の姿が浮かび上がってきます。


筋萎縮症に冒された縄文人(レプリカ)
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母と子のお墓(高砂貝塚4号人骨)

高砂貝塚では、一つのお墓に母親と赤ちゃんが埋葬されていました。母親は赤ちゃんを産む前に、ともに亡くなってしまったと考えられています。

このお墓では、頭をほぼ南に向けていることや、赤い顔料(ベンガラ)がたくさんふりまかれていたことから、普通とは違った埋葬をしていました。


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抜歯の風習(高砂貝塚21号人骨) 

縄文人は健康な歯をわざと抜く「抜歯」と呼ばれる風習がありました。

高砂貝塚では、上の右側第二切歯を1本抜いていて、北海道における初めての抜歯人骨と認められました。
抜歯風習は縄文時代中期末以降に流行した風習で、主に成人式など通過儀礼に伴って行われたと考えられています。

神秘的な世界観を共有する大人の仲間入りをするためには、抜歯の覚悟とつらい痛みに耐えることが必要だったのかもしれません。